閑話












『いや、ヘンなオッサンはできればやめてほしいのだが』

『うわあなんてわがままなオッサンだろ。せっかく俺が名前つくってあげたのに』

『・・・そういうことは心の中でだけ言って欲しいのだが・・・』

『でも思ったことは何でも口にしなきゃいけないんだろ?それが常識じゃん』

『最近ではそうなのか?時代によって常識はかわるが、しかしそれでも言っていい事と悪い事がだな・・・』

『言っていい事と悪い事?何が言っていい事なのか悪い事なのかなんて知らねーよ。』

『親に教わらなかったのか?』

『オヤ?オヤって、チチオヤとハハオヤのこと?』

 

 

 


















「疲れた・・・」

ぐったりとアスファルトに座り込んだ怜野。ヌシは今ホテルに押し付けたところだった。怜野は、先刻までヌシに引きずられっぱなしだったのだ。自称・森を司る精霊王はどうしてもホテルに泊まってみたいと言い張った。泣く泣く怜野はヌシをホテルに連れて行った。

っつーかありえねえ。なんなんだホテルに泊まりたいって。ホテルに泊まったらバッチリ顔を見られるじゃねーか。ってーかホテルに行くまでもすごく目立ったし。

 






街に入って道を歩く怜野とヌシは当然のごとくひどく目立った。

「すごいな、レイノ。みな面白い格好をしている」

むしろ一番面白い格好をしているのはお前だといいたいわけで。

「あっそ。」

「レイノ!あれはなんだ?チカチカ光っているぞ!魔法も火も使わずにどうやって光っているのだ?」

「それはイルミネーションっつって電気で光ってる」

「レイノ!あの蜃気楼のようなものはなんだ?」

「あれは立体映像だ。投影機がそこらにあるだろ」

「箱から声が出ているぞ!」

「ラジオだよ。ラジオなんてもうアンティークの部類に入るんですけど」

「人が入った四角い透明な箱が空を飛んでるぞ!」

「クルマだ。あれは自動車。行き先をプログラムするとそこに連れてってくれる」

「金属の四角い家が地面を走ってるぞ?」

「手動車。昔は自動車って呼ばれてた車だ。人が運転する車」

「鉄の塊が人間と融合しているぞ!?」

改造(サイ)人間(ボーグ)。身体を改造した人間」

「顔に塗料が塗ってある。祭りがあるのか?」

「マスカラと化粧とタトゥーシール」

「髪の毛が上を向いているぞ!すごい寝癖だな・・・」

「ワックスで固めてる」

「ペンダントにむかって独り言を言っているぞ。心の病か?」

「携帯できる通信機器略してケータイ」

面倒くさくて返事がおざなりになっていく怜野。

「すごいなここは。なぜこれほど金属が多いのだ?見たことのない素材の衣服もたくさんある。みな珍妙な格好をしている。しかし――――レイノは目立つのだな。注目されているぞ」

自分達に視線が集まっているのに気付いてはいたらしい。

「俺じゃなくてお前が目立つんだよ」

「なに?私のどこらへんが目立つというのだ。これといって変わった所はないぞ」

「全部だ、全部」

「そうか・・・・・?」

 小首を傾げる。その動作すらやたらと洗練された舞踊のように見えるのだから、美形は得だと怜野は思う。

「自分の格好とまわりの人の格好見比べてみれば?」

「みな身体にぴったりとした服を着ているな」

「は?どこらへんがぴったり?」

「ぴったりだろう。腕の長さがわかるし足の長さもわかる。胴の大きさ形状もわかる。女性は露出度が高いな。祭りの時のように着飾っている。あれが普段着なのだとしたら、女性はみな働かないということになるのだろうか。こうして見るとレイノのように動きやすさを重視した服装をしているものは少ないな。魔物に襲われたときなどはどうするのだろうな?そうでなくても盗賊が来たりするものを、あんな細い腕で追い払えるのか・・・それとも、着飾っているのは全員貴族のものたちなのか?いやしかし貴族といえども鍛えていなければ生き残れないはずだ・・・それともそのような時代はとうに過ぎ去ったのか。しかしそれにしては異様な文化だ・・・肉体的に強いか弱いかの差が激しいな。そもそもこの都市は・・・」

「・・・・・・・・・」

なんだか色々考え始めてしまったヌシ。最初に言いたかったことは服のことだけのはずだったのだが・・・。

「・・・ああ、すまんレイノ。つい思考に没頭してしまった。外見上の違いだろう?服のほかはとくに変わった所はない」

脱力した。

へたりこみそうになるのを気力で必死に抑えて立ち止まる。

顔を片手で覆って「あー」とか「うー」とかうめいたあげく、

「まず耳が尖ってねえだろ、俺とかまわりの人は」

一つ一つ教えてやることにした。

「まあ確かに我は耳が細く長いが」

「それからその髪。目。あとな、周りの人が何よりも注目してるのが――――お前のその空中浮遊だ」

 本当は顔が美の女神のごとく整っているのも大きな要因の一つなのだが。

「む?」

疑問符を浮かべて森の精霊王は己の身体を眺めた。

確かに足が浮いている。

地面にしっかりつけられているはずの二本の足が、空き缶を二つ積み重ねたくらいの高さにある。そのせいで、怜野よりも大分高い位置に頭があった。

「なんだ、この国には精霊はいないのか」

「いねぇっつってんだろーが、精霊なんて誘月(フル)()大陸(ーン)にしかいねぇよ」

「ふるむーん?望月の大陸か?ということはここは影月の大陸か」

「望月の大陸じゃなくて今は誘月(フル)()大陸(ーン)。影月の大陸も忘月(シャド)()大陸(ムーン)って名称に変わってる。公式な大陸名が変わったのはもう何百年も前の話だぜ。なんで知らねーんだ」

「ふむ、まあ何百年も眠っていたがゆえにな。しかし、ここが影月の・・・ではない、忘月の大陸だったとは・・・すっかり望月の大り・・・誘月の大陸だと思っていたが」

「お前、アホだろ」

「ついでにバカでマヌケだと言うつもりだろう」

「なんだ、自分で認めてんの?」

「いや、昔レイノに言われたことだ。覚えていないのか?」

「だから、俺とあんたは初対面だっつってんだろ」

「覚えていないのか。ならばしようがない。ちなみにそのとき私は『そっくりそのままお返しする』と言った。」

「・・・・ふーん」

「私を起こすのは勇者のはずだったのだが・・・どこをどう間違えてレイノに封印が解けたのか」

「言っとくけど俺勇者じゃねえから」

「当たり前だ。勇者はもっと熱意に溢れた、頼りがいのある少年だ」

「ああ、確かにそりゃ俺とは正反対だな。俺の場合熱意なんてカケラもないし頼りがいもねーし」

あっさりと認める怜野。自分に熱意などないということはしっかり理解しているようだった。むしろ彼を見ているとなんともいえない倦怠感が襲ってくるのだが、そのことについて言及する者はこの場には存在しなかった。気のいいトラックの運転手がいたら間違いなくそのことについて言及しただろう。

 うんうんうなっているヌシをほったらかしにして道を歩いてゆく。ヌシが離れると自分が集団のなかに埋没してゆく感じがして、久しぶりに感じるその感覚にたっぷりと浸かってみる。

心の動かない平穏な時を心ゆくまで堪能する。次第に堪能するという心も失われて自分が一つの物になってゆくような、自我が溶けてゆくような心地良い感覚。

ああ、やっぱり俺って目立たない方がいいな―――

「レイノ!勝手に先へ行くな!」

 急に意識が浮かび上がって、怜野はかすかに顔をしかめた。

「置いてかれたくなかったらもっと周りに注意を向けりゃいいだろ」

 気だるげに言ってヌシが追いついてくるのを待った。

 








「ホラよ。これでホテルに泊まれ」

そう言ってヌシに渡されたのは金貨。

袋を動かすたびに金貨の触れ合う澄んだ音がする。

「レイノはどうするのだ?」

「俺がホテルなんぞに泊まれるわけねえだろ」

「レイノも来い」

「やだ」

「なぜだ?」

「あんなとこで眠れるかよ」

「どこらへんが嫌だ」

「全部やだ」

「・・・強制連行するぞ」

「やってみろ」

気持ち構えて見合う二人。細い道の真ん中で険悪な空気が生まれ流れていく。陽はだんだんと傾いてきており、赤い斜陽が間もなく夜が訪れるということを告げていた。

「・・・・・・・わかった。理由を教える」

「よし」

「・・・よしってお前な・・・」

「さっさと言え」

「ベッドが柔らかくて眠れないんだよ」

「床で寝れば」

「床までやーらけーじゃんよ」

「なら机の下で」

「みみっちい」

「最初からみみっちいことばかり言ってないか?」

「まあね」

「それから?」

「金がかかる」

「それから」

「それだけ」

「―――本当か?本当に、それだけか?」

「まあまともな理由はそんだけだな。」

「まともでない理由があるのか」

さあね。

返答は心の中で。外に出したのは、眠そうな目をヌシに向けるだけだった。

「・・・まあいい、今回は引こう」

ヌシはその視線になにを思ったのか、拗ねたような表情を残してホテルの方に歩いていった。

怜野はそれを見送ると、近くの薄汚れた路地に入っていった。

怜野がホテルに泊まらないのは、ただ単に金が勿体無いとか、性に合わないとかいうだけの問題ではない。ホテルによっては、客の身包みを剥ぐホテルや、しつこいほど規律が多いホテルがあるからとかいう理由からでもない。いや、もちろんそれらも入っているのだが、まず、今現在怜野が賞金首だという時点でホテルは却下だ。

実はいわゆる「ホテル」とは賞金首がいたら寝首をかいて捕まえるくらい普通にやる組織なのだ。これは普通の、いわゆる一般市民も、ちょっと裏事情に精通している人間でもあまり知らない。巧妙に隠され、完璧に忘れられていく。そうなるよう、各ホテルで厳しく律されているからだ。あまりにも完璧に隠すため、その事実を知る人間が死んだら誰も知るものがいなくなるくらいには巧妙だ。それは当然だろう。いつ寝首をかかれるかわからない場所など、誰も泊まりたくはない。秘密がばれたらそのホテルはつぶれる。

そしてそういう寝首をかかれる心配がない宿、それを民宿という。民宿から大きくなったホテルは寝首をかかれる心配はあまりないが、それでもやはり危ない。

 






今までのやりとりを思い出して大きなため息をついた怜野だったが、おもむろに立ち上がって薄暗くなってきた街のさらに暗い場所へと足を向けた。

光の入らない暗い路地で、怜野は足元に散乱するゴミを見もせず避けてゆく。

それから路地を抜け、取り壊し中のビルの中に入ってゆく。すでに半分ほどは壊され、大きなコンクリートの塊があちこちに落ちている。

 

『危険!死にたくなければ入るな!』

 

なぜか『死にたくなければ』のところだけ手書きになっている黄色いテープ。

つまり死にたい奴は入ってもいいってことか。

そう頷いてテープをくぐる。足音を立てないように静かにビルの中を歩く。

危険を察知しているのか、ネズミなどの小動物もいない。

―――今夜はここで寝るか。

寝てる間にビルが崩れたら御陀仏か、と自殺願望すれすれのことを考えながら周囲を見回す。ちょうどよくブロックが積み重なっている場所を見つけ、無造作に座り込んだ。巨大なコンクリートの破片に背を預けて目を閉じる。

寝つきが良いのって数少ない自慢だよな、などとどうでもいいことを考えながら、怜野の意識は深遠に沈んでいく。

今日メシ食うの忘れたな。

そんな思考を最後に、彼の意識は睡魔に呑み込まれていった。



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